慶良間諸島は沖縄島の西方約40kmに散らばる30あまりの島々の総称で,本諸島の固有亜種ケラマトカゲモドキをはじめ,リュウキュウヤマガメ,イボイモリ,ホルストガエルなど,種の保存法により国内希少野生動植物種に指定された爬虫類・両生類を含む,多くの中琉球固有種の数少ない生息地となっている。また島々に点在する砂浜は,アオウミガメをはじめ絶滅危惧種のウミガメたちの重要な産卵場となっている。これらの希少爬虫類・両生類が生息する同諸島は海と陸が連続した多様な景観を有することから,2014年(平成26年)に慶良間諸島国立公園に指定されている。
この慶良間諸島の渡嘉敷島に1990年(平成2年)頃,外部からニホンイノシシ(豚由来の遺伝子を持つイノシシも含む;以下イノシシとする)が飼養目的で持ち込まれ,ほどなく不適切な管理が原因で逸脱し,野生化してしまった。この外来性イノシシは,近年ではこの島でとりわけ高密度となっており,同じく有人島の座間味島,阿嘉島,慶留間島,さらには無人島である儀志布島,安室島にも海を渡って広がってしまっている。そしてその結果,各島で希少種を含む在来の小動物を捕食するとともに,それらの生息環境の悪化をも招いていることが直接的に示され,あるいは強く懸念されている。
定量的なデータからとりわけ顕著にイノシシの被害を受けていることがわかったのはウミガメ類で,渡嘉敷島では2016年度(平成28年度)の時点で,調査された産卵巣のうち51~78%もが食害を受けていた。いっぽう座間味島のニタ浜で実施されたアオウミガメの巣の調査では,2018年度(平成30年度)には食害を受けていたのは46巣中3巣(被害率6.5%)のみであったが,翌2019年度(令和元年度)には99巣中95巣(同90%以上)が食害を受けており,壊滅的な状況であることが明らかとなった。
渡嘉敷島は慶良間諸島の中でも他の主要島と違って外来性の捕食者であるイタチが定着しておらず,そのため少なくとも1990年代までは,爬虫類や両生類を含む在来の陸生動物がとりわけ豊富であった。しかし近年では多くの在来種について目撃頻度の低下を強く示唆する情報が,地元在住者や外部の調査経験者から得られている。さらにはかつて多くの在来種が見られた沢など,照葉樹林内外の湿潤な場所にイノシシのヌタ場が多く見られるようになっており,こうした場所の水量や水質,植生などの環境悪化も懸念される。
渡嘉敷島を所轄する渡嘉敷村が,農作物への被害対策として,2011年(平成23年)よりイノシシの駆除事業を実施しており,年間80~120頭ペースで捕獲が続いているが,残念ながら今のところ出現頻度の低下等の効果は認められない。さらに2018年(平成30年)より,沖縄県も指定管理鳥獣捕獲等事業として慶良間諸島の外来性イノシシの生息状況調査や捕獲事業を開始しているが,たとえば渡嘉敷島から二次的に分散した座間味島での駆除だけでも現実には多大な予算が必要であり,より広大で希少種の多い渡嘉敷島での対策となるとはなはだ不十分な状況である。
今後,久場島など面積が大きく急峻な無人島への侵入・繁殖も懸念されるが,そうなってしまった場合,防除はさらに格段に困難となろう。よってこの問題を解決するために残された時間は,現実的には極めて少ないと考えざるを得ない。
慶良間諸島の陸域や周辺海域が国立公園に指定され,それぞれの生態系やその構成要素たる希少種の重要性が国や県によって十分認識・認定されてきた経緯から考えても,諸島全体からのイノシシの効果的な駆除計画を策定し,駆除事業を実施し,その結果がもたらす希少種の生息状況改善効果を評価するためのモニタリング体制を構築するには,国や県の関係機関が主体となった事業が実施されるべきである。
以上に鑑み,日本爬虫両棲類学会は貴職に対し以下のことを強く要望する。
本要望書の送付先は以下の通り.